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理科教育の未来 [教育情報]
*学林舎最新情報(5.19)より
文部科学省指定の「スーパーサイエンスハイスクール」(SSH)が注目されている。
昨年度と比較すると33校が増え、178校が独自のカリキュラムで指導している。学林舎が提供するアメリカの教科書・参考書もSSHで使用されている。SSHの一部では、英語で発表・論文制作などを積極的に指導しているケースがある。
理系分野は、大学・大学院・研究所へ進路をとるケースが多く、研究発表などは英語での論文形式が一般的である。そのため、理科用語の基礎知識をアメリカの教科書で学習しているのと学習していないのでは、大きな格差がある。今までの日本の多くの研究者は日本語を英語に訳すため、どうしても文脈が伝わらず、結果を残すことが困難だった。(海外の大学に進学した日本人の場合とは、状況は異なる。)
韓国や中国などがこの数十年、世界で注目され、世界の市場で成長している原因のひとつに理科系の語学力強化がある。韓国や中国の子どもたちは英語圏の理科教科書を使い、英語で学習する。そのため、英語圏の大学では、英語圏の人間に劣らず、いや英語圏の人間より高い学力で、英語の論文を発表することも珍しくない。
SSHは、そういった状況に対抗するための教育政策といえる。SSHができ、今年で11年目を迎え、SSH出身の生徒たちが様々な場で活躍しはじめている。今後、このSSH指定校制度は、さらに進化し、日本の理科教育を活性化させる模範校となることに期待をしたい。
文部科学省指定の「スーパーサイエンスハイスクール」(SSH)が注目されている。
昨年度と比較すると33校が増え、178校が独自のカリキュラムで指導している。学林舎が提供するアメリカの教科書・参考書もSSHで使用されている。SSHの一部では、英語で発表・論文制作などを積極的に指導しているケースがある。
理系分野は、大学・大学院・研究所へ進路をとるケースが多く、研究発表などは英語での論文形式が一般的である。そのため、理科用語の基礎知識をアメリカの教科書で学習しているのと学習していないのでは、大きな格差がある。今までの日本の多くの研究者は日本語を英語に訳すため、どうしても文脈が伝わらず、結果を残すことが困難だった。(海外の大学に進学した日本人の場合とは、状況は異なる。)
韓国や中国などがこの数十年、世界で注目され、世界の市場で成長している原因のひとつに理科系の語学力強化がある。韓国や中国の子どもたちは英語圏の理科教科書を使い、英語で学習する。そのため、英語圏の大学では、英語圏の人間に劣らず、いや英語圏の人間より高い学力で、英語の論文を発表することも珍しくない。
SSHは、そういった状況に対抗するための教育政策といえる。SSHができ、今年で11年目を迎え、SSH出身の生徒たちが様々な場で活躍しはじめている。今後、このSSH指定校制度は、さらに進化し、日本の理科教育を活性化させる模範校となることに期待をしたい。
あれから6年-英語教育は変わったか [教育情報]
明治大学教授の尾関直子さんが執筆している「中国の英語教育から見えてくるもの(『英語教育』2006年2月号<大修館> )」の中で、中国での英語教育が日本と明らかに違う点は、以下の3つに集約できる。
1.学習者の英語を習得しようとするモチベーションが非常に高い。
2.英語教育が質的に優れている。課程基準(中国の学習指導要領)の目標が明確であり、授業内 容もそれを実現するものとなっている。
3.英語の学習量が多い。英語の授業時間数は課程基準に基づき多くなっている。
尾関教授が、北京・上海の学校を視察し、様々なデータをもとに文章化したものを集約されたのが上記の~3である。この集約にそって尾関教授は日本の英語教育にあらためて警鐘をならしていた。
あれから、6年、隣国との英語教育格差は、さらに拡大したと言える。
このままでは世界との格差がますますひろがっていくことは目に見えている。
小学校で導入されはじめた英語に関しても、単に国際的感覚を養うという実に場当たり的な導入しかないのである。
しかし、否定的な状況ばかりではない。そのひとつに民間の英語教育機関が、ここ数年受験英語ではない“言語としての英語”の必要性を重視し、様々な取り組みをおこなっている。
そして、企業レベルにおいても“言語としての英語”の活用、レベルアップを社員教育に取り組んでいるケースも少なくない。世界、特にアジア圏の国々との格差を縮めるためには学習する以前に、英語という言語の位置づけを小・中学生の時から意識させる必要がある。「英語を学ぶとは一体どういうことなのか」と。
1.学習者の英語を習得しようとするモチベーションが非常に高い。
2.英語教育が質的に優れている。課程基準(中国の学習指導要領)の目標が明確であり、授業内 容もそれを実現するものとなっている。
3.英語の学習量が多い。英語の授業時間数は課程基準に基づき多くなっている。
尾関教授が、北京・上海の学校を視察し、様々なデータをもとに文章化したものを集約されたのが上記の~3である。この集約にそって尾関教授は日本の英語教育にあらためて警鐘をならしていた。
あれから、6年、隣国との英語教育格差は、さらに拡大したと言える。
このままでは世界との格差がますますひろがっていくことは目に見えている。
小学校で導入されはじめた英語に関しても、単に国際的感覚を養うという実に場当たり的な導入しかないのである。
しかし、否定的な状況ばかりではない。そのひとつに民間の英語教育機関が、ここ数年受験英語ではない“言語としての英語”の必要性を重視し、様々な取り組みをおこなっている。
そして、企業レベルにおいても“言語としての英語”の活用、レベルアップを社員教育に取り組んでいるケースも少なくない。世界、特にアジア圏の国々との格差を縮めるためには学習する以前に、英語という言語の位置づけを小・中学生の時から意識させる必要がある。「英語を学ぶとは一体どういうことなのか」と。
子どもたちの学力低下の本当の理由 [教育情報]
ゆとり教育、週休5日制にともない子どもたちの学力は大幅に低下されたとされている。
しかし、「なぜ?子どもたちの学力が低下したのか?」という根本的な理由は明確にされたのであろうか。
ただ、ゆとり教育の際に学習内容が削減された、時間が削減されたからが根本的な理由ではないように思う。
根本的な理由のひとつに「子どもたちに問われる学習の変容」がある。
10年前までは中学生、高校生が問われていたのは「試験のための知識の覚え込み」だった。
今も変わらない部分はある。
しかし、現在の子どもたちに問われているのは「知識の活用である」。
つまり、覚え込んだものを順序よく出し入れするのではなく、応用させて活用していくことが要求される。
その背景として、社会が求める人材像が根本的に変わったことが大きく影響している。
当然、社会にでていくまでの教育も変わらざるを得ない。
この点をどこまで教育に携わる人間、そして大人たちが意識できるかが今後の課題である。
しかし、「なぜ?子どもたちの学力が低下したのか?」という根本的な理由は明確にされたのであろうか。
ただ、ゆとり教育の際に学習内容が削減された、時間が削減されたからが根本的な理由ではないように思う。
根本的な理由のひとつに「子どもたちに問われる学習の変容」がある。
10年前までは中学生、高校生が問われていたのは「試験のための知識の覚え込み」だった。
今も変わらない部分はある。
しかし、現在の子どもたちに問われているのは「知識の活用である」。
つまり、覚え込んだものを順序よく出し入れするのではなく、応用させて活用していくことが要求される。
その背景として、社会が求める人材像が根本的に変わったことが大きく影響している。
当然、社会にでていくまでの教育も変わらざるを得ない。
この点をどこまで教育に携わる人間、そして大人たちが意識できるかが今後の課題である。
IT断食 [北岡コラム]
2週間ぶりの、Blog更新です。
皆様に情報・表現をお届けしたいと思います。
タイトルの「IT断食」は、2012年2月8日の朝日新聞に「IT漬けが会社をダメに。 『断食』を」というタイトルでドリーム・アーツ代表取締役の山本孝昭さんの記事が掲載されていました。
記事を要約すると、山本さんは「我々はIT中毒、IT依存に陥ってしまった。
ITを意識的に使わない『断食』をして対面的な人との対話をしなければ人の思考は停滞する」と。
20数年前、PC・携帯電話が日本に普及し、誰もが仕事の効率化、生活の多様化を夢見た。
実際に仕事の効率化に成功したのかもしれない。
生活が豊かになったのかもしれない。
しかし、そのことによって、私たちは失ったものも多くあるのではないだろうか。
その失ったものが、今の社会だとすれば、取り戻すために、考え直せばいい。
山本さんが提唱する「IT断食」は、失ったものを取り戻すための時間である。
教育現場に、デジタル書籍・教材が導入されていく中、私は自問自答を繰り返してきたが、山本さんの言葉ではっきりと方向性は決まった。
教材は、書いて記憶して、“知”とする。
その考え方から言えば、画面上で学習することには限界がある。
そして、思考が柔軟な年齢ほど、紙ベースの教材が必要である。
デジタルはあくまでも情報・技術ツール。
それに依存してはならない。
皆様に情報・表現をお届けしたいと思います。
タイトルの「IT断食」は、2012年2月8日の朝日新聞に「IT漬けが会社をダメに。 『断食』を」というタイトルでドリーム・アーツ代表取締役の山本孝昭さんの記事が掲載されていました。
記事を要約すると、山本さんは「我々はIT中毒、IT依存に陥ってしまった。
ITを意識的に使わない『断食』をして対面的な人との対話をしなければ人の思考は停滞する」と。
20数年前、PC・携帯電話が日本に普及し、誰もが仕事の効率化、生活の多様化を夢見た。
実際に仕事の効率化に成功したのかもしれない。
生活が豊かになったのかもしれない。
しかし、そのことによって、私たちは失ったものも多くあるのではないだろうか。
その失ったものが、今の社会だとすれば、取り戻すために、考え直せばいい。
山本さんが提唱する「IT断食」は、失ったものを取り戻すための時間である。
教育現場に、デジタル書籍・教材が導入されていく中、私は自問自答を繰り返してきたが、山本さんの言葉ではっきりと方向性は決まった。
教材は、書いて記憶して、“知”とする。
その考え方から言えば、画面上で学習することには限界がある。
そして、思考が柔軟な年齢ほど、紙ベースの教材が必要である。
デジタルはあくまでも情報・技術ツール。
それに依存してはならない。
大人は子どもに何を伝えることができる? [北岡コラム]
皆さん、新学期が始まり、忙しい日々をお過ごしかと思います。
この間、「大人が子どもにできることは何だろう?」をテーマに自問自答しています。
学林舎としてできること、個人としてできること。
学林舎が出版しているものも含めて、学習素材は指導者と学習者が学びあうための共通ツールであることはいうまでもありません。学習素材をそのままあたえて成長できる学習者は、学習者がすごいのです。学林舎の学習素材にはそんな力はありません。あったとしても、それは学習者がすごいのです。そして、その学習者を支える指導者がすごいのです。指導者がこの学習素材をいかに位置づけ、学習者と共に学びあうことができるかで成果や結果が異なります。それを私塾の現場を通して改めて認識します。近くに私塾がないのであれば、保護者が私塾の先生になるしかありません。自分の時間を費やしても、子どもに「生きるとは何か」「学ぶとは何か」「考えるとは何か」を伝えなければいけません。子どもが自分の未来を構想できるように共に学ぶしかないのです。
大人たちは、未来に向けて子どもたちと「共に学ぶ」ことを要求されています。そう考えると、学林舎として何ができるのか、少しずつだが見えてきたように思います。「想いを形に 形を想いに」。
この間、「大人が子どもにできることは何だろう?」をテーマに自問自答しています。
学林舎としてできること、個人としてできること。
学林舎が出版しているものも含めて、学習素材は指導者と学習者が学びあうための共通ツールであることはいうまでもありません。学習素材をそのままあたえて成長できる学習者は、学習者がすごいのです。学林舎の学習素材にはそんな力はありません。あったとしても、それは学習者がすごいのです。そして、その学習者を支える指導者がすごいのです。指導者がこの学習素材をいかに位置づけ、学習者と共に学びあうことができるかで成果や結果が異なります。それを私塾の現場を通して改めて認識します。近くに私塾がないのであれば、保護者が私塾の先生になるしかありません。自分の時間を費やしても、子どもに「生きるとは何か」「学ぶとは何か」「考えるとは何か」を伝えなければいけません。子どもが自分の未来を構想できるように共に学ぶしかないのです。
大人たちは、未来に向けて子どもたちと「共に学ぶ」ことを要求されています。そう考えると、学林舎として何ができるのか、少しずつだが見えてきたように思います。「想いを形に 形を想いに」。
デジタル化の行く先 [最新【学林舎情報】]
デジタル化の導入が、教育現場において加速化している。シャープが教育分野向けのタブレット端末「JL-T100」を発売すると3月1日に報じた。学校、学習塾を中心に販売を展開していくという。すでに、電子黒板も含めタブレット型の端末は、教育現場に導入しはじめている。持ち運びなどの手軽さ、情報の収集の速さなど、パソコンと同じレベルで使えるタブレットは、指導する側にとっても、使う側にとっても時間を短縮できる便利なツールであることは間違いない。
しかし、教科書・ノートなどの読む、調べる、書くというリテラシーをすべてデジタル上に移行してしまって良いのかという議論も多々ある。プラス面でいえば、前述したとおり「時間短縮ができる便利なツール」であり、そのことによって、様々な学習がより効果的にできること。マイナス面の事例を上げれば、知識を覚えなくなる、書く能力の低下などである。実際、大学の先生から「黒板に漢字を書く時に、今まではすぐに思い浮かべることができたが、携帯やタブレット、パソコンを使うことによって、瞬時に書くことができなくなった」「ここ数年、学生の表現に主語や述語がなくなり、何を言いたいのかがわからない」「デジタル上(PC・携帯)でわからないことに対して、それ以上、文献などを用いて調べようとしない」などの意見、声も聞き、今までにはない問題も浮かびあがってきている。身近な生活の中でいえば、「道路案内」のデジタル化(カーナビゲーションなど)により、道を覚えなくなったということも多く聞く。こういったことを知の進化と呼ぶのか、知の退化と呼ぶのか。いずれにしても、教育の現場=学びの現場において、デジタル化を加速化させることに対して、位置づけ・利用する機会を明確にすることが求められる。(学林舎情報最新号より)
しかし、教科書・ノートなどの読む、調べる、書くというリテラシーをすべてデジタル上に移行してしまって良いのかという議論も多々ある。プラス面でいえば、前述したとおり「時間短縮ができる便利なツール」であり、そのことによって、様々な学習がより効果的にできること。マイナス面の事例を上げれば、知識を覚えなくなる、書く能力の低下などである。実際、大学の先生から「黒板に漢字を書く時に、今まではすぐに思い浮かべることができたが、携帯やタブレット、パソコンを使うことによって、瞬時に書くことができなくなった」「ここ数年、学生の表現に主語や述語がなくなり、何を言いたいのかがわからない」「デジタル上(PC・携帯)でわからないことに対して、それ以上、文献などを用いて調べようとしない」などの意見、声も聞き、今までにはない問題も浮かびあがってきている。身近な生活の中でいえば、「道路案内」のデジタル化(カーナビゲーションなど)により、道を覚えなくなったということも多く聞く。こういったことを知の進化と呼ぶのか、知の退化と呼ぶのか。いずれにしても、教育の現場=学びの現場において、デジタル化を加速化させることに対して、位置づけ・利用する機会を明確にすることが求められる。(学林舎情報最新号より)
吉本隆明さんと父・母世代 [北岡コラム]
詩人であり、思想家の吉本隆明さんが亡くなった。吉本さんは、亡くなった私の父(北岡輝紀)とは少なからず縁があり、父の書くものは吉本さんの影響を多大に受けていた。当然、父の1000冊ぐらいある書物の内、吉本さんの本は「言語にとって美とはなにか」「共同幻想論」「最後の親鸞」など100冊ぐらいは吉本さん関係のもの。
父は、吉本さんが刊行していた「試行」に何回かにわたり「支配とは何か」をテーマに執筆していた。同じく亡くなった母も吉本さんとは昔何回か電話でやり取りをしていたと話していた。父がつくった「数学単元別テキスト」も吉本さんの影響を受けた側面が見られる。身近にいつも吉本さんの存在は間接的だけど私にはあり、事あるごとに吉本さんが発言した表現に関して議論をしていた記憶がある。そういった意味で、私にとって、吉本さんは父や母とのコミニケーションの“素材”だったのかもしれない。
吉本さんの訃報を聞き、父・母世代の一部分を失った気持ちになった。彼らが残した“表現”を次の世代がどう考え、どう進んでいくか、引き継ぎの時が来たのかもしれない。
父は、吉本さんが刊行していた「試行」に何回かにわたり「支配とは何か」をテーマに執筆していた。同じく亡くなった母も吉本さんとは昔何回か電話でやり取りをしていたと話していた。父がつくった「数学単元別テキスト」も吉本さんの影響を受けた側面が見られる。身近にいつも吉本さんの存在は間接的だけど私にはあり、事あるごとに吉本さんが発言した表現に関して議論をしていた記憶がある。そういった意味で、私にとって、吉本さんは父や母とのコミニケーションの“素材”だったのかもしれない。
吉本さんの訃報を聞き、父・母世代の一部分を失った気持ちになった。彼らが残した“表現”を次の世代がどう考え、どう進んでいくか、引き継ぎの時が来たのかもしれない。
1歳までに読み聞かせ-80%以上 [教育情報]
日本公文教育研究会が実施したアンケート調査で、子どもへの読み聞かせの約80%以上が1歳までにはじめていることがわかった。早い段階からの読み聞かせに関して、「胎教から」が16・3%、「生後~6カ月」が45・5%、「7カ月~1歳」が21・4%で、83・2%が1歳までとなっている。さらに、どのぐらいの本を1日に読み聞かせているかに対して、、「2~4冊」が52・6%、「1冊」(28・8%)が続いた。頻度に関しては、57・0%が「ほぼ毎日」と回答した。読み聞かせの効果を聞いた設問のうち「子供の成長に気付く機会が増えた」では、「とてもそう思う」と「そう思う」が計85・7%に上った。
幼児期とは真逆に、小学校では読書離れが懸念されている。幼児期と同様に読み聞かせも含めた、“読む”ということに対して、何らかの枠組みが教科として必要ではないだろうか。アメリカの小学校の教科書は国語に関して、三つの教科書がある。「Reading」「English」「Spelling and Vocabulary」 さらには「Phonics」などがある。アメリカの場合、識字率(約50%程度)の問題があり、国語には力を入れている背景があるが、日本も識字率が高い(約99%)とはいえ、昨今の読解力や表現力の低下を考えると本格的な対応が学習現場では求められる。
*参考:産経新聞記事(2012.2.9 08:11)より
幼児期とは真逆に、小学校では読書離れが懸念されている。幼児期と同様に読み聞かせも含めた、“読む”ということに対して、何らかの枠組みが教科として必要ではないだろうか。アメリカの小学校の教科書は国語に関して、三つの教科書がある。「Reading」「English」「Spelling and Vocabulary」 さらには「Phonics」などがある。アメリカの場合、識字率(約50%程度)の問題があり、国語には力を入れている背景があるが、日本も識字率が高い(約99%)とはいえ、昨今の読解力や表現力の低下を考えると本格的な対応が学習現場では求められる。
*参考:産経新聞記事(2012.2.9 08:11)より
負けへんで-3.11 [北岡コラム]
明日で、3.11東日本大震災から1年になる。この1年、私にとっては様々なことを考えさせられる1年となった。東日本大震災はもちろんのこと、数学単元別の制作者であり、父である北岡輝紀がこの1月に亡くなった。65歳だった。人はいつかは死ぬ。死ぬことによって、次の世代にバトンタッチをすることが世代間責任のひとつでもある。しかし、震災、津波は一瞬にして、人間の生きている時間をうばっていく。私の経験は、震災や津波とは違うかもしれないが、阪神・淡路大震災を通し自然災害を知り、そして末期癌の母の介護、父の闘病生活を介護する経験の中で、人は死ぬということを実感した。
しかし、そのこと自体が私にとって、全てマイナスだったのか、悲しい出来事だけで終わったのかというとそうではない。この経験を通して様々な人たちと出会い、人と人はつながっている、連帯しているということを実感し、そのことによって、自分自身の未来は自分で切り拓いていくことができるということに、はじめて向かい合い、前にすすむことができた。さらに、父の死を知った、多くの塾の先生方から励ましの言葉をいただき「父のつくった数学単元別って、色んな人の想いが形になってるから30年も使いつづけられている」というメッセージがさらに私を後押ししている。
2012年度のカタログのメッセージに私は「 想いを形に 想いに形を 」というテーマを記している。3.11によって、東日本の人々は多くの大切なものを一瞬にして失った。さらに原発事故によって、福島県の人々は心を痛めている。その人たちに私ができることは何なのか? ということを考えつづけた1年であり、辿り着いたのは、教材会社としてできることは、学習教材を通して、未来を生きる子どもたちを支えることでしかないことに改めて気づいた。個人としては、様々な活動に携わることにより、個人としての世代間責任を果たす。10年後、20年後の社会の主役は今を生きる子どもたちだ。その子どもたちが、大人になったときに「あの教材に出会えて良かった」「あの教材を使っている先生に指導してもらってよかった」と想ってもらうために、教材会社としての責任を果たすために前に進む。個人としては、「負けへんで」を心に刻み込み、未来を創る子どもたちのためにできることを共に考え、前に進んでいく。前へ。
しかし、そのこと自体が私にとって、全てマイナスだったのか、悲しい出来事だけで終わったのかというとそうではない。この経験を通して様々な人たちと出会い、人と人はつながっている、連帯しているということを実感し、そのことによって、自分自身の未来は自分で切り拓いていくことができるということに、はじめて向かい合い、前にすすむことができた。さらに、父の死を知った、多くの塾の先生方から励ましの言葉をいただき「父のつくった数学単元別って、色んな人の想いが形になってるから30年も使いつづけられている」というメッセージがさらに私を後押ししている。
2012年度のカタログのメッセージに私は「 想いを形に 想いに形を 」というテーマを記している。3.11によって、東日本の人々は多くの大切なものを一瞬にして失った。さらに原発事故によって、福島県の人々は心を痛めている。その人たちに私ができることは何なのか? ということを考えつづけた1年であり、辿り着いたのは、教材会社としてできることは、学習教材を通して、未来を生きる子どもたちを支えることでしかないことに改めて気づいた。個人としては、様々な活動に携わることにより、個人としての世代間責任を果たす。10年後、20年後の社会の主役は今を生きる子どもたちだ。その子どもたちが、大人になったときに「あの教材に出会えて良かった」「あの教材を使っている先生に指導してもらってよかった」と想ってもらうために、教材会社としての責任を果たすために前に進む。個人としては、「負けへんで」を心に刻み込み、未来を創る子どもたちのためにできることを共に考え、前に進んでいく。前へ。
Academy Garden(アカデミーガーデン)-世代を超えた塾の形 [学習塾関連]
株式会社ソーシャルシェアリングサービス(栄光 55%、増進会 40%、ウィズダム 5%)が世代を超えた塾を開校した。Academy Gardenのホームページには「アカデミーガーデンは、業界初の教育複合施設です。『進学塾』、『語学』、『習い事』、『資格』『キャリアアップ』、『起業』、最新の教育イベントなどあらゆる学びをご提供いたします。」「いまの日本の教育に必要な「自発する力」と「グローバル教育」の「生きる力」を学べる教育と環境をご提供します。グローバル教育では、国際性、コミュニケーション能力、考える力と創造力を鍛え、さらに子供たちには自発する力を育てることで日本の放課後改革と就活、社会人には、総合的なキャリアアップづくりをサポートします。」。
学習塾分野においても、少子化や大学全入時代にともない、競争がここ数年、加速化している。そのため、企業として展開している学習塾は、様々な試みをおこないはじめている。ベネッセが生まれる前からの生涯学習を提案したように、学習現場においても「生涯教育塾」の波が今後、広がっていくかもしれない。
学習塾分野においても、少子化や大学全入時代にともない、競争がここ数年、加速化している。そのため、企業として展開している学習塾は、様々な試みをおこないはじめている。ベネッセが生まれる前からの生涯学習を提案したように、学習現場においても「生涯教育塾」の波が今後、広がっていくかもしれない。
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